生の花は美しく儚い。それをスケッチして図案にし、刺繍で糸の花に変身させる。手間と時間のいっぱい詰まった糸の花々は、生の花と一味違った 可愛らしさ、温かさを持った新しい姿に生まれ変わる。 この作業を「花の刺繍画」と名づけて、その楽しさを長年提唱し続けています。
例えば、野のすみれを自然のままに華奢に縫い上げる、大輪の牡丹を心ゆくまで観察しながら豪華さを出そうと試みる、庭の染井吉野の老木が満開 を過ぎて惜し気なく花弁を散らす有様を黒地の絹に再現する、また旅先で印象深かった花景色を額に収めて思い出を楽しむ等々、花の刺繍画の世界は無限に広がっていきます。
刺繍といえば、先ず、衣服や生活小物の装飾と思われがちですが、一針一針手縫いした縫い上がりそのものを覗き込むように眺めると、絵画同様に見る面白さがあります。糸の種類や刺繍独特のテクニックで糸の重なりは平面よりほんの少し立体的に膨らみ、光線の具合で色が変化して複雑に見える思いがけない効果もあります。
何もかも光と電気の速度の今日、人間の手の早さでしか進まない手刺繍は、むしろ心安らぐ貴重な楽しみではないでしょうか。花と手仕事を共にお好きな方に、数ある図案の中からお好きなものを選んで、難しいスケッチ等にこだわらず、感性豊かな糸の花をお創りいただきたいものです。
植木良枝が描いた刺繍画の世界は、いろいろな表現がありました。
スケッチそのものが作品になったものやデザインされたもの、日本画風なものもあれば、ヨーロッパ風図案もあります。小さな野の花から大輪の花まで、あらゆる花が題材になっています。カテゴリー別に作品をご紹介致します。
「永福町の見慣れた自宅の庭の華やかな一時を思い出しながら針を運ぶのは、それまでにない新鮮なものだった」と話し、『花の刺繍画』の基礎となりました。毎年違う顔を見せる庭だからこそ、みんな残したいと思っているうちに作品がどんどん増えました。
花に魅かれていろいろな場所へ出かけてみては、 スケッチしていました。
日本の花そのものだけを描いたものは、 刺繍も日本画風になっているような気がします。
空想の世界を描くと、違った世界が生まれてきます。 茎も葉もなく幻想的です。
自宅の庭にある2本の染井吉野が、「桜」という題材を極めて身近なものにしてくれました。 2本とも、庭から見た姿です。今でも毎年、たくさんの花を咲かせて楽しませてくれます。
ある嵐の夜に、桜の花びらが弾けるように飛び散る様を街灯の明かりで見た時、 黒地に桜を刺してみようと思い立ったと言います。黒地に花びらが散り舞う桜は、植木良枝の代名詞のようになりました。
十数回にわたるヨーロッパ旅行でのスケッチから生まれた作品。 どこの国も花が美しい。
これらの作品は、刺繍画集 「花の旅Ⅰ」 「花の旅Ⅱ」 に収められています。